2007年10月30日、『美味しんぼ』の単行本・第100巻が発売されました。この通算100巻という数字は並大抵の記録ではありません。まさに大記録と呼ぶにふさわしいものです。100巻記念のドラマ『新・美味しんぼPART2』も11月17日(土)に放送されるようですし、今回はこの『美味しんぼ』100巻を、出発点である1巻と比較して、もろもろ検証をしてみたいと思います。




■『美味しんぼ』原作:雁屋哲/作画:花咲アキラ/小学館

<1巻の山岡士郎と『美味しんぼ』>

1巻の5頭身キャラは今見るとなかなかインパクトがあります。パッと見はサラリーマンの日常を描くほのぼのストーリーが始まりそうな雰囲気。本作のヒロイン・栗田さんの可愛さは異常で、まさにアイドルと呼ぶにふさわしい存在感を示しています。それに比べて山岡士郎はグータラを絵に描いたようなダメ男。勤労意欲は皆無で、無神経で、傍若無人。もはや人間として完全に失格レベル。そんなアウトローぶりが最高でたまりません。

身体中から無頼のオーラを発散しまくりの山岡士郎(27歳)。反抗心むき出しの目つき、への字口、オールバックがワイルド&クール!




この初期の山岡のキレっぷりは、いつ見ても惚れ惚れします。例えば"究極のメニュー"作りに協力しようと集まった美食家達が、キャビアやフォア・グラなどの高級食材をありがたがる姿を見て、「日本の食通とたてまつられてる人間は、こっけいだねぇ!」と暴言を吐いて、著名な先生方を激怒させるなんて朝飯前。全く空気を読まない山岡の反骨魂にしびれまくりです。



とにかく相手が三ツ星レストランのシェフだろうが、大口の広告主だろうが、気に入らなければ容赦なく噛みつくその姿はまさに狂犬。こんな男を雇っている東西新聞は懐が広いというか、リスク管理が甘すぎというか(いい会社です)。このころは山岡と海原雄山の仲も最悪で、愛憎渦巻く人間ドラマにもキレがあります。1巻に収録された作品は、連載が開始された1983年ごろの作品ですが、今読んでも超面白いのでかなりオススメです。



細かく見ると、寿司のシャリの違いをCTスキャンで撮影して解説するなど、強引な部分もあるんですがそれも一興。そもそも山岡が常識外れの人間なので、少々おかしな行動を取っても納得してしまえるのだから本当にいいキャラです。一般的な山岡のイメージはもっと軽くてお調子者なのでしょうが、当初はひたすら不機嫌で怒りまくるトラブルメーカーでありました。



そんな男が、後に結婚して3児のパパになろうとは……(しかも相手は栗田さん!)。1巻では栗田さんが差し入れてくれたおむすびを食べて「30点……」といい言い放つ無神経の権化のような男だったのに! まあ、人間的に丸くなってお調子者になった山岡も嫌いじゃないんですけどね。とにかく1巻の『美味しんぼ』は、原作者・雁屋哲氏の反骨精神がいい意味で色濃く反映された作品になっています。



<100巻の山岡士郎と『美味しんぼ』>

表紙の絵からもう全然違います。山岡は毒気が抜け、もはや普通のオジサン。東西新聞のアイドルだった栗田さんも体重がかなり増えたご様子です。なんだか肝っ玉母さん的な貫禄すら漂っています。確かに3児のママという設定から考えれば当然のビジュアルなんでしょうが、漫画なんだからもう少しスマートに描いてあげてもいい気が……(泣)。

すっかり割腹のよくなった山岡。これは人間的に成長したとみるべきなのか、それとも嫁に尻をしかれて牙を折られたということなのか。




山岡は、食いしん坊の知り合いを紹介する際に「なんでも食べる鉄の胃袋魔神だ」とか、妙なキャッチフレーズをつけてニヤニヤしてます。か、軽い。しかも山岡は、そばは江戸前が一番と語った直後、その胃袋魔神(青森県に詳しいライター?)に「山岡さんも物を知らない人なんだなあ」と微妙に喧嘩を売られてしまいます。これって、かつて美食家達にイチャモンを付けていた山岡が、完全に逆の立場になっているじゃないですか。100巻という時の積み重ねは、キャラをこうまで変えてしまうのかと愕然。



漫画の内容も大分変わっています。恋の悩みも国際問題も、美味い食べ物で何でも解決! という超展開が『美味しんぼ』の持ち味のはずですが、この100巻(青森編)のエピソードは、完全に地方グルメの案内漫画になっています。現地に行って取材をしたのは分かるんですが、単に料理の紹介をして、地元の人の解説を似顔絵入りで進めるだけでは全く面白くありません。



この青森編は「日本全県味巡り」という企画で、山岡と海原が闘う「究極のメニュー VS 至高のメニュー」対決なのですが、はっきり言って盛り上がりどころは皆無。これではせっかく協力してくれた青森の人達も出演損でしょう。面白い漫画にするための脚本的な演出が全く施されていないので、作画担当の花咲アキラ氏としては、これではどうしようもありません。せっかくの記念すべき100巻目がこれとは悲しすぎます。



青森だったら、基地問題とか核施設とか農村の後継者不足とか、突っ込めるネタはいくらでもあると思うんですが。この100巻だけを読むと、もう美味しんぼは終了するしかないような気がしてきます。



心配になって最新のスピリッツを確認したところ、「食の安全」というシリーズで食品添加物ネタをやっていたので、ちょっと安心。食品添加物の実像と効果を解説しながら、その弊害を語る内容は、なかなか読み応えがあっていい感じです。やはりこうでなくては『美味しんぼ』じゃないですよね。



『美味しんぼ』は、作品内で語られる主張が左翼的だとか、反日思想のフレーバーがキツいとか、いろいろ批判されることも多いのですが、漫画は面白ければ基本はOKなので、これからも攻めの姿勢を続けていただきたいものです。まあ反日的とはいっても『はだしのゲン』に比べたらまだマシなので、妙な思想を入れようとせずに、エンターテインメントを追求するのが吉だと思います。



■100巻オーバーの『こち亀』』『ゴルゴ13』

ちなみに『美味しんぼ』同様、単行本が100巻を突破している『こちら葛飾区亀有公園前派出所(以下『こち亀』)』『ゴルゴ13』でも1巻との比較をしてみましたが、両作品は共に基本的な路線が変わっていないので、それほど大きなキャラ変化はありません。

長ドスを構えた両さんが最高に男前。ヤクザの殴り込み的なイメージは東映任侠映画の影響か? 巻末コメントは漫画家の小林よしのり氏。100巻はタイトルが金箔押しでお金かかってます。巻末コメントはデビューが『こち亀』開始年と同じという作家の村上龍氏。写真が若い!




『こち亀』は、1976年(昭和51年)連載開始の作品だけに、1巻を今読むと笑いのセンスは微妙です。それでもずっと独身で、己の欲望に忠実という両さんのスタンスは変わっていません。毎回のように拳銃で実弾を撃ちまくる1巻の両さんも、秋葉原でゲームソフトの改造ハードを購入する100巻の両さんも、間違いなく"両津勘吉"です。



1968年(昭和43年)連載開始の『ゴルゴ13』も、超一流のスナイパーという設定はずっと同じです。1巻のゴルゴは独り言が多く、仕事内容も結構荒っぽいところがありますが、これは「若さ」と見れば微笑ましく思えてきます。100巻のゴルゴは寡黙で貫禄ありまくり。経験を積んでよりプロフェッショナル化したという感じです。



『こち亀』も『ゴルゴ13』も1巻よりも100巻の方が、時代の空気を取り込んで明らかに面白くなっているという事実は重要です。『美味しんぼ』が今後どういう展開をみせていくかは分かりませんが、読者が求めているストーリーとは何かを『こち亀』や『ゴルゴ13』から学ぶことは多いような気がしてなりません。



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レッド中尉(れっど・ちゅうい)

プロフィール:東京都在住。アニメ・漫画・アイドル等のアキバ系ネタが大好物な特殊ライター。企画編集の仕事もしている。秋葉原・神保町・新宿・池袋あたりに出没してグッズを買い漁るのが趣味。


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