今や一大産業となった携帯電話コンテンツビジネス。しかし日本や韓国では携帯コンテンツの利用は日常的になっているものの、他の市場ではまだまだ普及途中の段階で、携帯電話を音声端末としてのみ利用しているユーザーが大多数に上っている。今後端末の性能向上とコンテンツの増加に比例し、利用者数は加速度的に増加すると期待されている。



そんな中、これまでの携帯電話コンテンツビジネスとは180度概念の異なる新サービスが開始された。それがHutchison(3)のX-Seriesだ。




■インターネット上のコンテンツを利用できる「X-Series」

香港に拠点を置くHutchisonは、ヨーロッパ及びアジアを中心に各国で携帯電話事業を展開している。このうちW-CDMA/HSDAサービスは「3」(スリー)のブランド名でサービスを提供している。3は3Gの意味であり、すなわち3の加入者はすべてが3Gを利用していることも意味しているわけだ。



3も他の携帯電話会社同様に各種コンテンツサービスを提供しており、3Gの高速回線を生かしたビデオや音楽コンテンツなどマルチメディア系のコンテンツに力を入れている。しかし2006年末に英国の3(3UK)で開始され、その後香港(3HK)など各国の3でサービスインされたX-Seriesは既存の「携帯コンテンツ」とは発想が全く異なったサービスだ。



X-Seriesは「携帯電話専用」のコンテンツサービスではない。まず、3はX-Series用にコンテンツは一切提供していない。X-Seriesの加入者が利用できるのはインターネット上に無限にあるコンテンツ、すなわちWEB、Blog、動画や静止画などで、これらはPCからWEBブラウザで利用しているものと全く同じものだ。インターネット上のコンテンツを携帯電話向けに加工して配信するのではなく、携帯電話からインターネット上のコンテンツを利用するためのアプリケーション(=例えばフルブラウザなど)を提供するサービスであるわけだ。またSkypeやOrbといったPC向けのアプリケーションも携帯電話から利用することができる。すなわちX-Seriesとはサービスの総称であり、提供される個々のサービスは主に以下のようなものがある。



Skype言わずとしれたSkype。他の3やPCのSkype利用者との通話が可能
Sling Boxネット経由で自宅などのTVを視聴
Orb自宅PC内の動画や静止画をリモートで閲覧
Windows live Messengerインスタントメッセージ(IM)
Yahoo Go!携帯電話版Yahoo!
ebay海外オークションサイトの利用
3XplorerWEBブラウザ

これらのほとんどはPCでインターネットを利用しているユーザーには日常的に利用されているものであり、PCから利用できるものと同一のサービスだ。すなわちSkypeであればX-Series用端末に携帯電話用のSkypeアプリケーションが搭載されており、Sling Boxであれば同じく専用再生アプリ「Sling Player」が搭載されているといった具合だ。そして自宅にSling Boxを設置するだけでX-Series対応端末から自宅のTVをダイレクトに視聴でき、3がストリーミング動画を携帯電話用に変換して提供するものではない。携帯電話に搭載されたアプリケーションを使うことでPC向けのデータが携帯電話上で利用可能になるわけだ。



X-SeriesのパンフレットにはPCでおなじみのアイコンが並ぶ

つまり携帯電話会社は「電話/通信回線」と「アクセス用アプリケーション」を提供するだけで、コンテンツは一切提供せず、インターネット上、あるいは自分の所有しているものを利用してもらうわけだ。携帯電話会社はコンテンツそのものでは収益は得られないが、X-Seriesの利用料で収益を上げる新しいビジネスモデルと言えるだろう。



そして先行開始された英国ではこれらのサービスが完全な定額で提供され、毎月一定額を支払うだけで全サービスを利用できる。プランもフルサービスが利用できる「Gold」と一部サービスのみの「Silver」の2種類だけとわかりやすい。加入者は天気予報を確認してから友人とメッセンジャーで予定を確認しあい、航空券やホテルの予約をする、といった場合でもPCを利用する場合と同様に定額で利用できるのだ。コンテンツ利用のためのパケット定額制は日本では今や当たり前のものになっているが、海外では3のX-Seriesが本格的なものとなる。



3UKのX-Series料金プラン

なおハードウェアの性能から、現時点ではフルにサービスを利用できる端末はNokiaやSony Ericssonの一部スマートフォン(Nokia N73、Sony Ericsson W950i)となっている。ただし専用ハード(専用端末)ではなく、市販されている端末の上にアプリケーションを搭載することで利用が可能であり、今後各メーカーから発売される新機種が続々とX-Seriesに対応する予定だ。



次のページでは、X-Seriesの登場背景やモバイルインターネットの動きを紹介しよう。

■無限に広がるインターネット上のコンテンツ

X-Series登場の背景には、海外では携帯電話でのコンテンツ利用がなかなか進まないことがある。携帯電話会社やプロバイダーが多種多様なコンテンツを提供しようにも、魅力的なコンテンツが無ければ利用者を増やすことは難しい。また、PCとインターネットの普及により、多くの情報が無料で利用できるようになってきている。携帯電話会社が自らコンテンツを発信しなくとも、すでに全世界レベルで無限のコンテンツが無償で提供されている時代なのだ。



こうした背景もあり、最近ではGoogleやYahooなどのネット企業と携帯電話会社が提携サービスを各国で開始しているが、X-Seriesはさらにネット上のサービスを踏み込んで利用できる点で革新的なものと言えるだろう。



携帯電話会社は日々増加するネット上の情報やコンテンツを自らアップデートする必要は無く、利用者に「入口」を用意すればあとはインターネットの世界が最新の「内容」「情報」を「勝手に」日々アップデートしてくれるわけだ。



もちろん携帯電話専用のコンテンツは閲覧性や操作性に優れている。しかしX-Seriesの各サービスはPC向けのコンテンツをシームレスに利用できるというメリットがある。日本でもフルブラウザを搭載した端末が増えているが、これはまさにインターネット上の資産が豊富で有用であることを物語っているといえるだろう。



■インターネットと携帯電話の融合=モバイルインターネットの時代がはじまる

各国でサービスがはじまっているモバイルブロードバンドは、ノートPCやスマートフォンなどを利用してPCの延長感覚でインターネットへのアクセスが可能になる。しかし利用には若干のスキルが必要であり、中級~上級レベル向けのサービスと言えるだろう。



一方X-Seriesのように、携帯電話に搭載されたアプリケーションから利用できるサービスであれば利用の敷居は低い。このためPCとシームレスなコンテンツを武器にするX-Seriesと同様のサービスが、今後各国の携帯電話会社から開始され一気に普及する可能性もある。



携帯電話上からの各種インターネットサービス/コンテンツの利用はモバイルインターネットと呼ばれるようになっているが、X-Seriesの成功の可否は海外でのモバイルインターネットの普及の試金石となるかもしれない。なお3は各国でSling Box(ハードウェア)の取り扱い販売を開始し、X-Seriesのサービス加入で割引販売を開始している。将来は携帯電話会社の店頭でPCが販売され、携帯電話とサービスのセットで割引販売、といった新しい販売モデルが登場する可能性もあるだろう。



インターネット/PCの世界と携帯電話の融合はすでにメーカーやネット企業レベルでもはじまっている。有名なものはGoogleのGmail Mobile(MIDP版)だろう。すでにGmailはMobile版として携帯電話のWAPブラウザから利用できるサービスが登場しているが、JavaアプリケーションとなったMIDP版はGmail専用アプリであり、携帯電話にインストールして利用できる。



インターフェースは携帯電話用に利用しやすくなっており、たとえば数字キーでメールの削除などの操作もできる。また動作も軽快だ。携帯電話内蔵のメールクライアントと比較すると、GmailであればPCと全く同じアカウントを利用し、しかも自分のGmailサーバー上の全データにもアクセスできるためメリットは大きい。自宅/会社と外出先ですべての情報をシームレスに利用できるためわざわざ携帯電話専用のメールアドレスを利用する必要性も無くなってしまうのだ。海外では利用者が多いが、これはもちろんパケットの完全定額の普及によるものも大きい。



携帯電話から直接利用できるGmail Mobile(MIDP版)

Nokiaは写真共有サービスFlickrの連携アプリケーションをNseriesなどマルチメディアに特化した端末に搭載している。Flickrでは携帯電話から撮影した写真をメールに添付送信することで写真のアップロードを可能にしているが、Flickr機能内蔵のNokia端末であれば、携帯電話で写真を撮影した後、メニュー項目からFlickrへのアップロードを選択すると即座に写真が自分のFlickrアカウントにアップロードされるのだ。



撮影とFlickrの間に別の操作は不要であり、まさにインターネットサービスと携帯電話が融合したものになっていると言えるだろう。Nokiaは今後の新製品でYouTubeへの対応もアナウンスしており、海外ではハードウェアメーカーも自らがモバイルインターネットの世界の実現に動きだしているのだ。



この他にも携帯電話用の着メロやゲーム、壁紙の購入などをPCから行えるなど、携帯電話向けのコンテンツ配信をPCから利用できるサービスも各国で増えている。携帯電話は今後閉じた世界からオープンな世界を取り込んだものへ進化が進み、この動きは全世界的な流れとなるだろう。



韓国では携帯電話ショップが無料でインターネットサービスを提供しているところも多い。自分のノートPCから携帯電話会社のWEBサイトにアクセスし、音楽や画像を購入して自分の携帯電話へダウンロードすることも可能だ





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山根康宏

香港在住の海外携帯電話マニア&研究家

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