「記憶」をキーワードに、大和田良さん、五島健司さん、武井伸吾さん、丹地保堯さん、テラウチマサトさん、楢橋朝子さん、ハスイモトヒコさん、三好耕三さん、森山大道さん(五十音順)の9人の写真家が、それぞれの世界観を通した「桜」を表現した「記憶の桜」展が、東京銀座のリコーフォトギャラリー「RING CUBE」で3月23日から4月10日まで開催されている。

■風景と星空のコラボレーションが非日常を生む
“星と人とのつながり”をテーマに「星景写真」(星空のある風景写真)を撮影しているのが武井伸吾さんだ。「星景写真」を手がけた理由を、「天体写真を撮っていたのですが、撮影先や旅先の風景を入れるようになりました。そのバリエーションのひとつが桜なんです」と、語る武井さんの星空へのこだわりは十分だ。

今回の作品展では、モノクロの桜、水と組み合わせた桜など、様々な桜の写真があるなかで、武井さんの写真は夜を表現した作品といってもいいだろう。
「有名な桜は夜にライトアップされることが多いのですが、いつもは星や月といった自然の光だけで撮っています。そのため、ライトが消えてから撮影するのです」と、人工の照明を排して、夜の月明かりや星明りで浮かび上がる桜が一番きれいだと武井さんは語る。
武井さんは様々な場所へ撮影に訪れているが、ロケーションによっては辺りは真っ暗で、ファインダー越しでは地平線が水平になっているのかどうかも分からないこともあるという。まさに星や月の明かりだけを頼りに撮影しているのだ。

■天文少年から星景写真家へ
武井さんは、子供のころは天文少年だったそうで、望遠鏡で星を見たり、プラネタリウムに通ったり、天体図鑑を眺めたりしていたが、趣味が高じて天体写真を撮るようになったという。

「最初のころは様々な星座や天体などを被写体に所謂「天体写真」を撮っていました。しかし、天体写真は天体の知識がないと楽しめない要素も多く、知人友人に見せてもなかなか星空を見上げたときの感動を共有することが難しいと感じていました。もちろん天体写真の世界にはとても奥深い世界があるのですが、教科書や図鑑などに載っている写真というイメージが強かったんでしょうね。

天体写真は撮影に時間がかかることが多いんですが、撮影中は比較的時間に余裕があるんです。あるとき別のカメラで撮影風景を撮ってみたんです。このような星空に風景が入っている写真を見せると、「きれいだね!」「私も行ってみたい!」「ここ日本ですか!?」、という見てくれた人の反応があったんです。星空を見上げたときの感情を共有することができたわけです。そのうちに、風景と星空を一緒に撮ることが面白くなって、いろんな場所に行って撮るようになったんです」と、星景写真家へ踏み出したきっかけを教えてくれた。

昼間は見慣れた風景でも、夜になると世界の情景は一変する。昼間には見ることができない非日常が顔を覗かせるのだ。だからこそ、星景写真は面白いと武井さんは語ってくれた。

■桜が星景写真を彩る
桜が星景写真に与えるインパクトは大きいと武井さんはいう。
「星景写真は、トーンが青とかグレーになりがちなんです。花はそのような風景に彩を添えてくれるんですよね。特に桜はピンク色を添えてくれるので」と、星景写真での花、とりわけ桜を入れることの効果を教えてくれた。

しかし、照明のない夜間撮影である星景写真に花を取り入れるのはきわめて難しいとも語る。
「太陽なら1年後に同じ位置にいるのですが、月は違います。たとえば、真ん中に道があって、この先にオリオン座がある写真を撮ろうとします。周りの風景を入れようと思うと、月齢、月の昇る時間、沈む時間を事前に調べて、シミュレーションをするんです。撮りたいタイミングにちょうどいい場所に月明かりがあって。そして、曇られれば当然撮ることは出来ません。太陽なら1年後にまったく同じ位置にいるのですが、月は違います。1日違うだけで昇る時間が数十分単位で変わりますし、月齢も変わってしまう。一度撮影のタイミングを逃すと二度と撮れないこともあるのです。」と、1枚の星景写真を思い通りに撮ることの難しさを教えてくれた。これに花の旬を組み合わせるのだから、その撮影に対する下調べと準備、苦労は並大抵でない。

また、桜のように開花予報があるほど知られている花はまだよいが、花によっては予報が得難いことも多い。撮影ポイントに足しげく通い、下調べをするしか方法はないという。月と星の位置、天気とともに、花の旬という条件をあわせるシャッターチャンスはとても短いのが星景写真の特徴なのだ、だからこそ、その瞬間を収めた星景写真は、人の心を揺り動かすのだろう。

今後も、さまざまな場所で撮影して行きたいという武井伸吾さん。新たな写真の世界をこれからも見せてくれそうだ。

記憶の桜
2011年3月23日(水)~2011年4月10日(日) ※休館日を除く
開館時間:11:00~18:00(火曜日休館)※最終日17:00 まで

武井伸吾
星景写真家
1969年神奈川県川崎市生まれ。
小学生の頃より星空に親しむ。1997年、極寒のモンゴルで皆既日食とヘール・ボップ彗星(C/1995 O1)を見たのを機に天体写真撮影を始める。1998年頃より天文雑誌等に作品を発表。現在は、“星と人とのつながり”をテーマに「星空のある風景写真」=「星景写真」を中心に撮影している。著書に写真集「星の降る場所」「星空を見上げて」(ピエ・ブックス)がある。
武井伸吾ウェブサイト「心象星景寫眞館」

リコーフォトギャラリー「RING CUBE」

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