写真が作家によって千変万化するのは、写真家がいままで誰も見たことがないような写真を撮りたがっているからだ。

そんな誰も見たことがない写真体験ができる鈴木知之 写真展「Parallelismo(パラレリズモ)」が、東京銀座にあるリコーフォトギャラリーRINGCUBEにて、6月8日(水)から6月19日(日)まで開催中だ。

最近のデジタルカメラには、大抵パノラマモードが搭載されているが、鈴木知之氏が作り上げる「Parallelismo(パラレリズモ)」は、普段、我々が目にしているパノラマ写真とは、まったく異なる世界を見ることができる作品だ。

通常の1点からパンによる撮影ではなく、平行移動撮影法によって作り上げられた鈴木氏の「Parallelismo(パラレリズモ)」は、いままでのパノラマ写真の概念を大きく超えたものだ。
イタリアから日本の京都や新宿の横町まで最大3mの作品を含めた39点の作品は、アナログテレビからハイビジョンテレビに変わったときのような「凄い」と、思わずうなってしまう体験ができる。

■南イタリアの建築調査からパラレリズモが生まれた
「Parallelismo(パラレリズモ)」は、パノラマ的な写真だが、テーマは「建物」と「人」だ。写真ではあるのだが、人が都市や街を歩きながら観る記憶に近い写真なのだ。

鈴木氏は「Parallelismo(パラレリズモ)」を撮り始めたのは、「法政大学の陣内研究室に2008年、2009年と研究生として出入りしていたことが、このような写真を撮るきっかけです。」と語る。

陣内秀信教授は、建築史・都市史を研究しており歴史的都市の構造に詳しく、イタリアや地中海の都市を調査している。南イタリアでフィールド調査にも同行した鈴木氏は、都市を実測して、写真に記録した。

「記録写真なのですが、最終的には図面にします。図面にするには、繋げた方がいいんですよ。パースの関係でぴったり繋がらないわけですが、建物を中心に据える、意外と繋がったんです。」と、パラレリズモに繋がる作品化が、ここから始まった。

■簡単に繋がらない景色との格闘
通常のパノラマ写真は、視点を固定してそこを中心にカメラをパンして撮影されるが、「Parallelismo(パラレリズモ)」は、撮影視点自体を移動して撮影されるところが大きな違いだ。

道に面した建物を、道沿いに移動しながら何枚も撮影し、それを組み合わせるのだ。
カメラで撮影すると建物は斜めになったり歪んだりして、そのままでは写真はちゃんと繋がらない。そこで、Photoshopで補正をかけるわけだが、それが100mや150m以上にもわたる撮影だから、想像を絶する作業になると言う。

「長い距離を移動しながら撮影したいのですが、自分がちょっとでも動くと、ソフトウェアの自動機能だけではうまく繋がらないんです。

例えば、100mを移動しながら撮影する場合、遠くの山は100m移動してもあまり景色が変わりません。しかし、手前の小さい物は1m動けば、1m動きます。それをどうやって吸収するかを考えなければいけないのです。」

■都市の高低差から日が暮れるまでの日差しまで表現できる
「Parallelismo(パラレリズモ)」は、1点に消失点が集約する通常の遠近法とは異なり、複数の消失点が、1つの作品に混在しているのが大きな特徴だ。

作品の中には、通りを歩いていて見かけた路地の先が、あたかも「そこで見たように」突然見えたり、昼寝する老人がいたりしている。また、昼下がりの日差しから始まり、夜のとばりまでの日の移り変わりも作品の中に存在している。
京都府与謝郡伊根町伊根浦の集落

さらに面白いのは、土地の高低差も表現されているのだ。また、狭い路地やトンネル内の景色も再現できるのは驚きだ。

■日本の街並みへの挑戦
写真展で展示されている39枚は、多くはイタリアで撮影されたが、今回は、13枚が日本を写した作品となっている。京都・祇園、伊根、東京の新宿・思い出横丁、柴又と、さまざまな街が「Parallelismo(パラレリズモ)」として再現されている。

鈴木氏は、日本の街並みを「Parallelismo(パラレリズモ)」にするのは難しかったと言う。「技術的に、日本は難しいのです。撮影する方向から見て、前後に物があると、大きさの違いがさらに大きくなります。イタリアのバルコニーは比較的フラットですが、日本はひさしが長く、どうしても合わないんです。」

横に移動しながら撮影しているので、前後に物があると歪みが大きくなり、それを違和感なく見えるようにするには、かなりの手作業が必要となるのだそうだ。

■新宿・思い出横丁、柴又、花柳界、そして伊根
鈴木氏は、以前の「Parallelismo(パラレリズモ)」では、人物をなるべく廃してきたが、今回の日本編では、可能な限り「人」を活かした作品作りをしたと言う。

新宿・思い出横丁、柴又では、人のいる「Parallelismo(パラレリズモ)」としての新しい境地を開いたと言ってもよい作品だ。

「柴又は、がんばって人を活かしました。月島と日本橋富沢町は見た目が似ているのですが、建築形式の視点から見ても似ていることが面白いですね。」

新宿・思い出横丁は、細い横町にひしめく店と人がまるで飲み歩いているかのような不思議なリアリティのある作品となっている。

「京都・祇園の花柳界です。舞妓さんを撮りたかったのですが、なかなか出てこられなくて苦労しました。」

石畳については、「初期の作品では、画像処理で融合させていたのですが、最近はそのままの石の質感や目地を活かして組み合わせています。」と言う。無理に融合させずに、質感を活かすことで、リアリティは逆に増しているようだ。

京都の伊根での作品には、あらたな試みとして自然の景色をつなぎ合わせた手法が採用されている。

「京都の日本海側に伊根というところがあって。街並みが保存されているんです。「舟屋」と言いまして、漁師が自分の船を倉庫にしまって、その上に住むという家の形なんですね。4枚セットの写真にしているのですが、非常に珍しい場所なんです。世界遺産にならないかということで、運動しているそうです。」

この作品群は、海から山への高低差にくわえ、通常のパノラマとパラレリズモを組み合わせることで、新しいリアリティを表現することに成功している作品だ。

■最後はやっぱり手作業 奥深いParallelismo(パラレリズモ)
展示作品は、横1.8mと1点だけ3mの作品となっている。50m~100mぐらいの景色を作品に仕上げるのは2週間から1ヶ月近くかかるものもあると言う。

「この手の写真は、違和感が見えると興ざめするので、できるだけ自然に見えるように加工していきます。それは、ひたすら終わりのない作業を続けるしかありません。」

大きな作品になると一人でできる作業量の限界を超えてしまったため、分業作業も採用していると言う。

「最初は、どこから修正しないといけないかが分かりませんでした。写真を見ると、上下にパースを修正しようとしがちなのですが、撮影時の水平・垂直の歪みを取ることが重要だと気がつきました。ここを先にそろえないと、いくらやっても綺麗に繋がりません。それが分かってからは、だいぶ作業がスムーズにできるようになりました。」

とはいっても、最後の組み立てと調整は鈴木氏しかできないとのことで、徹夜続きで作品を仕上げたそうだ。

今後は香港で、現在は解体されてしまった「九龍(クーロン)城」のイメージを追いながら撮ってみたいという鈴木さん。香港というアジア的世界を「Parallelismo(パラレリズモ)」で、どう表現されるか楽しみではある。

■Parallelismo(パラレリズモ)を自宅に飾れる
今回は、額装した「Parallelismo(パラレリズモ)」のチャリティ販売も用意されている。手頃なサイズの「Parallelismo(パラレリズモ)」を家に飾って眺めるのも、おすすめだ。

鈴木知之
1963年 東京生まれ
明治大学工学部建築学科卒業
東京都立大学工学研究科修士課程修了(建築史)
山本理顕設計工場勤務後、建設設計から写真に転向し、ヨーロッパ、東南アジア、インドなどを放浪する
以降、建築・都市風景などをテーマに制作活動を続けている。
2001年 個展「Roji」(新宿コニカプラザ)
2002年~ 雑誌「東京人」
2008~2009年 法政大学建築学科陣内研究室で研究生として南イタリア調査に参加
法政大学エコ地域デザイン研究所兼任研究員
現代写真研究所講師

鈴木知之 写真展「Parallelismo」(パラレリズモ)
期間:2011年6月8日(水)~2011年6月19日(日) ※休館日を除く
会場:リコーフォトギャラリー RING CUBE
東京都中央区銀座5-7-2 三愛ドリームセンター8階・9階(受付9階)
問い合わせ先:03-3289-1521
開館時間:11:00~20:00(最終日17:00まで)
休館日:火曜日
入場料:無料

リコーフォトギャラリー「RING CUBE」

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