外国の景色は、日本人にとって魅力的であり刺激的だ。その一方で、ツアーで海外旅行へ出かけると、その街の表の顔しか見ることができないことが多い。その国に実際に住む人たちの真の姿に触れることは簡単にはできないものだ。

東京・銀座にあるリコーフォトギャラリーRING CUBEで6月22日(水)から7月10日(日)まで開催されている田中長徳 写真展「ウィーン 街の光・冬の影」は、オーストリア・ウィーンの真の姿に迫った数少ない写真展のひとつだ。

1973年から1984年までの7年半、ウィーンに暮らしていた田中長徳氏の写真からは、住んでいる人しか分からないようなウィーンが映し出されている。その写真から、まるでウィーンの街中を歩いているような気がしてくるから不思議だ。


■ウィーンでの暮らしが性格を作り上げた
「7年半もウィーンで暮らしていて、それがいいのか悪いのか、ヨーロッパ人の妥協しない、頑固な性格が形成されましたね」
田中長徳氏は、シェーンブルン宮殿やシュテファン寺院、ホーフブルク王宮のような、一般の観光客が訪れるような場所ではない、ウィーンの真の暮らしを頑固なまでに撮り続けてきている。

30年前のウィーンといえば、敗戦の面影が残っていた時代だ。
「私が暮らしていた頃は、カラヤンが指揮をしたりして、カラヤンのチケットを買うために、徹夜でオペラ座の前に列ができていました」

田中長徳氏の言葉から感じられるのは、古き良きウィーンだ。
「私にとってのウィーンは50年代のウィーンなんですよ。1945年から55年まで10年間も戦敗組として、川の東側がロシア、西側はアメリカとフランスが統治していたんです。私が初めて行った1973年は、1955年からウィーンが新しい道を踏み出して、18年しか経っていないわけで、統治されていたイメージが強いんです。それが私にとってのオーストリアの原体験なんです」

今回の作品には、重い歴史を背負ったウィーンが伝わってくるように、景色だけでなく人々の想いまで織り込まれている。

■伝統が失われつつあるウィーン
撮影を行ったのは、今年(2011年)の1月から2月にかけて。気になったのは、犬がいなくなったこと。昔はおばあさんが犬を散歩させている光景をよく見かけたという。
「いくらウィーンが永遠の音楽の都といっても、変わりますよ。2年前にウィーンでは、犬を飼うことに対する税金を高くしたんです。すると、ウィーンの人は現実主義者ですから、犬を飼わなくなったんですね。今回撮影に行ったときには、みんな携帯電話を使っていました。昔は、犬を連れたおばあさんたちが喫茶店で優雅に過ごしていたのですが、今では、携帯電話で連絡してマクドナルドで待ち合わせをして。見ているのはおもしろいのですが。」

田中長徳氏は、おもしろいとも言いながら、なにか寂しそうに見えた。

「私が知っている30年前のウィーンはもっとメリハリがあって、伝統の中に生きている感じだったんです。それが失われつつあるのが残念ですね。」
ほかの地域にはないヨーロッパならではの長い伝統、さらに、その伝統が失われつつある姿を、田中長徳氏の言葉から感じることができた。

■都会を斜めから切り取るおもしろさ
写真家としてのこだわりを伺った。
「30年前から何も変わっていないんですよ。私は気の多い人間ですが、視点は変わっていないと思っています。正面から正攻法にいかずに、後ろ側から撮るというか。シャイなんですよ。」
と、後ろ姿を撮る理由を明かしてくれた。

「都市を正面から見るのは誰でもやるんです。それを横顔というか、後ろ姿を撮るというか。展示している写真はウィーンの後ろ姿なんです。パッケージツアーなんかで行くところは、ウィーンの着飾った真正面なんですよ。」
田中長徳氏の作品が、普段着のウィーンなのだ。だからこそ、作品を見ながら街中を歩いているような世界を感じることができるのだ。

後ろ姿を撮ることは、きらびやかな世界だけではないウィーンを切り取ること。そこにも美学があるという。
「ウィーンの年配の人は、生活に疲れている感じがします。肩を落として、前屈みたいな感じなのですが、生活に疲れていること自身が味になっているんです。」

ウィーンの枯れた味について、田中長徳氏は、こう説明してくれた。
「ウィーンは、かつて何百年にもわたって、世界の枢軸国だったんです。世界中を傘下にしていた国なんです。ウィーンが魅力的なのは、滅び行く美学、滅び行くものだからです。自分自身が滅び行くものだから、同類項として見ているのかもしれないけど。」

■ウィーンを共にしたGXRの魅力
田中長徳氏には、手にするデジタルカメラには、独特の基準があるという
「デジタルカメラが、楽しいか、楽しくないかの重要な基準があって。それを肴に酒が飲めるかどうかです。GXRは、これを肴にして酒が飲める、数少ないカメラなんです。」

さらにウィーンが好きな田中長徳氏らしい、GXRを選んだ理由を披露してくれた。
「デジタルカメラはすぐ古くなるのですが、GXRはユニットを交換できるから古くならないんです。一種のメタボリズム思想なんですよ。」

メタボリズムというとメタボリックシンドローム(メタボ)と勘違いされ、マイナスに捉えられることもあるが、実際は古くなった部分を新しいもの取り替えるという考え。

「いろんなユニットと交換できる、本来のメタボリズム的な精神をこのカメラは持っているんです。」と、田中長徳氏は語る。

さらに、一眼レフではできない、コンパクトデジタルカメラならではの魅力を「もうひとつはCandid Photographyです。いつでもどこでも気軽に写真撮影を楽しむCandid Photoとメタボリズムが融合したのがGXRなんです。」
と語る田中長徳氏は、なんだかうれしそうだった。

人々の暮らしを真の姿を切り取るには、GXRが最高なのであろう。GXRでしか撮れない写真、それも今回の写真展で感じて欲しい。

これからも、今まで通りに撮影してきたいと田中長徳氏は語る。
「あまり変わったことをやっていないんですよ。世界中で行く飲み屋も決まっていて、東京だと4つぐらい。それを40年ぐらい前からやっているだけです。撮影に行く都市も決まっていて、東京を除くとウィーン、プラハ、パリ、ニューヨーク、ベルリンぐらい。それを行ったり来たりしている感じで。命の続く限り、周回してみたいですね。」

田中長徳 (たなかちょうとく)
写真家・随筆家・カメラ評論家
GR1をジーパンのポケットに入れてた路地裏の散歩者。
ロバート・フランク氏と森山大道氏にGRDをプレゼントした男。
現在はGRDをストラップを付けず尻ポケットに入れ世界徘徊。
「GRDストラップレス・アナーキスト同盟」メンバー。
世界中にそのシンパ多し。
文芸誌「新潮」で長編エッセイ「屋根裏プラハ」を連載。

田中長徳 写真展「ウィーン 街の光・冬の影」
主催:株式会社リコー
期間:2011年6月22日(水)~2011年7月10日(日) ※休館日を除く
会場:リコーフォトギャラリー RING CUBE
   東京都中央区銀座5-7-2 三愛ドリームセンター8階・9階(受付9階)
問い合わせ先:03-3289-1521
開館時間:11:00~20:00(最終日17:00まで)
休館日:火曜日
入場料:無料

リコーフォトギャラリー「RING CUBE」

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