写真家にとって、何を撮影するのかは永遠のテーマだろう。自分の好きなものを撮影するということもあれば、思わぬきっかけから撮影を始めることもある。

東京銀座にあるリコーフォトギャラリーRING CUBE9Fフォトスペースで、10月19日(水)から10月31 日(月)まで開催されているNEXT GENERATION川嵜徹写真展「繁雄」もそうだ。繁雄とは、川嵜氏の祖父の名前。撮り始めたきっかけは、ほんの些細なことだったが、その表情やポーズは心に訴えかけるものを感じざるを得ない。

そのような記憶に残る写真を撮影した川嵜氏にお話を伺った。


■祖父 軽い気持ちから撮り始めた作品
「大学1年の夏、写真を始めたときはいろいろと撮っていました。そのうちに、人を撮ろうと思っていて。おじいちゃんが滋賀にいるのですが、夏休みに実家へ帰省したとき、おじいちゃんが絵になるなと思ったんです。はじめは軽い気持ちで撮っていたのですが、どんどん、魅力的な被写体だなと思ってきて、撮りだしたんです。」
川嵜氏は、祖父を撮り始めたきっかけを語ってくれた。

川嵜氏は、子供のころの祖父の記憶があまりなかったと言う。撮影を通して、祖父がどんな人だったのかを感じとっていった。こうした純粋な動機が、作品を作るクリエイティブな意識に繋がっていくのだろう。

「最初は怖いとも思わないし、優しいとも思わないし。物静かな人でした。7人か8人兄弟の長男なので、しっかりした人だ。」と、川嵜氏は、撮影しながら祖父を感じていったと言う。

■祖父 驚くほど隠れた表情を見せる
祖父が草野球をやっていたことを母から聞いていた川嵜氏は、祖父の草野球写真を撮る。
「野球をやっている姿を見たことがなくて。祖父は、道具が小屋にあると言っていたので、探したら、キャッチャーミットとかクラブとかボールが出てきたんです。それを使って撮ってみようと思って。」

ほんの些細なきっかけから生まれた写真が、今回の写真展でも発表されている下記の作品だ。キャッチャーミット越しから見えてくる、表情は、とても味わい深い。

毎年訪れる季節の出来事も、ちょっとした遊び心で、一生の思い出や記憶に残る写真もできる。
「これは、正月ですね。祖父が普段使っている部屋です。鏡餅といっしょに、みかんが置いてあって。正月の服装で記念に撮ったのですが、みかんを乗せたらおもしろいのかなと思って撮りました。」

寡黙に孫のお願いを受け入れながら、厳粛にポーズをとる思いやりが、暖かさを香らせる1枚だ。みかんを頭に置いたことで、メッセージ性の強い写真となっている。

■1人の男としての肖像
気軽に始めた祖父の連作は、いつしか祖父と孫との関係から、被写体と写真家の関係に川嵜氏の中で昇華していったようだ。
「一対一の関係を大切にしたいと思っています。おじいちゃんと孫という関係には、いろいろなものがあると思うのですが、1人の男の肖像にしたい。」と、写真家として向かい合う気持ちを語ってくれた。

昨年(2010年)に亡くなるまで祖父の日常を撮り続けた作品は、川嵜氏が写真家として立つ、祖父からの贈り物だったのかも知れない。

祖父との連作を撮りきった川嵜氏は、「滋賀県の風景を撮っていて。それと同時に、人物もまだ撮ろうと思っています。今後も滋賀県をテーマにして撮影したいと考えています。」と、故郷である滋賀県をテーマにした作品作りをしていると言う。

祖父の日常という淡々としたテーマを、記憶に残る写真作品に昇華するまで取り組むことで、写真でしかできないメッセージを知った川嵜氏。

世界で美しいと評されている日本人の心だが、以前よりもすさんできているとも言われているだけに、これからも日本の心が温かくなる写真を川嵜氏には期待したい。

川嵜徹氏のプロフィール
1986年 滋賀県彦根市生まれ
2010年、多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科を卒業後、2011年、多摩美術大学大学院美術研究科博士前期課程デザイン専攻に進学。2010年10月、「関西御苗場2010」でスポンサー賞 RING CUBE選を受賞。

NEXT GENERATION川嵜徹写真展「繁雄」
主催:株式会社リコー
期間:2011年10月19日(水)~2011年10月31日(月) ※休館日を除く
会場:リコーフォトギャラリー RING CUBE
東京都中央区銀座5-7-2 三愛ドリームセンター8階・9階(受付9階)
問い合わせ先:03-3289-1521
開館時間:11:00~20:00(最終日17:00まで)
休館日:火曜日
入場料:無料

リコーフォトギャラリー「RING CUBE」

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