日本は世界でも有数のカメラ保有数と写真にあふれる国だが、写真文化は世界に大きく遅れているといわれている。世界では写真はアートとして社会に認知され、作品の価値も高く、多くの写真作家が活動している。近年、日本の写真作家も海外に進出し、活動拠点を海外に置く作家も増えている。

東京・銀座にあるリコーフォトギャラリーRING CUBEでは、海外にいち早く飛び出し、成功を収めた3人の女性作家のブリリアントな作品に出会える写真展、「OVERSEAS 2012‐世界を選んだ写真家たち‐」を開催中だ。

「OVERSEAS」は、「私たちが考え、感じている以上に世界は近い」をテーマとしている写真展で、今回で3回目の開催となる。今回の「OVERSEAS 2012‐世界を選んだ写真家たち‐」では、海外を拠点に活動を行っている女性の日本人写真家3名の作品を展示している。

海外を活動の場として選んだ彼女たちの作品を通して、写真で世界に飛び立つ方法や意識を体感できるだけでなく、RING CUBEという空間を刺激的なヴィジュアル・コミュニケーションの場として感じることができる。

今回は、同展で作品を展示している写真家の中から、香港を中心に活躍されている花坊(KABO)さんにお会いし、お話をうかがうことができた。

ちなみに、花坊さんのお名前は日本にいたときの愛称だそうで、香港へ行ったときに英語で呼びやすいということで、そのまま使っているそうだ。

■個性あふれる作品たち
花坊さんは、RING CUBEについて、ある想いがあったという。
「写真展が好きで、よくここ(RINGCUBE)にも来ていたのですが、スケーターの人たちが集まったストリートスナップなど写真展のパーティに呼ばれたき、作品をみて非常にうらやましい、私もここで普通とは違う写真展をやりたいと思いました。」

「OVERSEAS 2012」では、海外で活動する3名の作品を展示しているが、来場者は、写真の内容も展示も、3名ともまったく異なることに驚くだろう。

●日本の美の源流が流れる 色彩の魔術!ないとうようこさんの作品
ないとうさんの作品は、日本と日本人の美意識を感じさせる作品だ。
同じ大きさで展示された作品は、それぞれにアンニュイな色の移ろいとともに被写体が映し撮れており、白昼なからアンビエントな雰囲気がただよう、不思議な作品だ。
ないとうようこさんの作品

●二人で一人?見るものの感性を切り裂く!尾黒久美さんの作品
尾黒さんの写真は、都市的といえる鮮明なイメージが強くあらわれた作品だ。
複数の女性を1人に見せるような作品や、オブジェのごとく横たわる女性が見る者に迫ってくる。
尾黒久美さんの作品

●全てを飲み込む!これがアジアの生命力!花坊さんの作品
ほかの2人の作品は、タブロー的な作品だが、花坊さんの作品は複数の写真を組み合わせて祭壇をイメージしたコンテンポラリな写真作品となっている。

「今回選んでいる写真は、自分がニュートラルに感じるものです。」と、語る花坊さんの作品には、香港(アジア)という地域が飲み込む懐の大きさを感じさせるものとなっている。
花坊さんの作品


■踏み絵?祭壇をイメージした展示
今回の複数の作品をシンメトリー(左右対称)に展示する手法がとられている。
花坊さんによると、本来は写真集のような、ページをめくってストーリーを見せるような作品作りをしているそうなのだが、今回は、円形の回廊であるRING CUBEにインスパイアされてシンメトリーで見せる手法をとったという。

展示は、凸面に展示されているのだが、通常、組み写真的な作品は凹面側で展示されやすい。
なぜ今回の展示は凸面になったのだろうか。花坊さんによると、当初は凹面の予定だったそうだが、RING CUBEの判断で凸面での展示に切り替わったという。

その判断は正しかったようだ。凸面展示とシンメトリー効果で、作品の主張がより強く来場者に迫ってくる。
花坊さんの作品を展示している様子

今回の花坊さんの作品が面白いのは、壁だけでなく、床にも作品が展示されていることだ。
一見、無造作に置いてある作品は、気がつかないと足で踏んでしまう。取材中も、来場者が作品を踏んでから、作品の存在に気づくという行動とリアクションを見かけた。

「最初は、祭壇をイメージして手前を立体的に見せようとしようと思っただけなんですけど、展示してみたら、踏まれる来場者が多くて。写真を踏んで、そのとき展示作品の中心を発見するキッカケにもなっているんです。踏み絵みたいな感じもイメージして、踏まれても大丈夫なプリントにしてもらっています。」


自分の作品について花坊さんは、
「1枚を作品として撮っているというよりも、撮ったものを集めて作品にしているタイプなので、目的を決めてから作品にしているわけではないです。」
祭壇をイメージした、花坊さんの展示


■感性が世界を切り裂く!女性作家の背中越しに世界の違いがみえる
今回の展示でもっとも興味深いのは、3人の女性作家が背負っている海外が、いずれも違うということだ。

ないとうさんの作品は、日本の美的感覚を色濃く出ており、日本という地域独特のアイデンティティを感じ取ることができる。

尾黒さんの作品は、逆に海外という都市のもつたたずまいと、個人という単位に基づく西洋のアイデンティティを感じずにはいられない。

花坊さんの作品は、どん欲に自分たちの文化を捨てずに、世界をまるごと取り込もうとするアクティブなアジアのマインドが香る。

女性という鋭い感性が、世界の地域の息づく源流を引っ張りだし、写真というフレームに定着しており、興味深い展示となっている。


■海外進出に決意は不要、チャンスを逃さない勢いと勇気があればいい?
花坊さんが世界の出たキッカケをうかがった。
「日本以外ならどこでもよくて、どこか海外へ行きたいなと思ったんですが、英語が全然しゃべれなくて。香港はイギリス領だったこともあり、英語だけで話しかけられるよりも、お互い英語がわからないほうが気が楽だって思ったんです。」

また当時、映画のスチール写真を担当した監督が香港で俳優などのタレン
ト事務所をやっていて、移住に関する手続きをすませてくれたので簡単に香港に行くことができたという。

しかし、香港で仕事を始めたとき、「しまった!」と思ったそうだ。

「撮影場所に当日行ったら、モデルさんも誰もいなくて。 電気の付け方もわからない場所で私ひとりだけで、1時間くらい放置されました。」


言語に限らず、時間や優先度の感覚など、日本とは常識が違っていて、コミュニケーションをとれるまでに時間がかかったという。

「最初の1年間くらいは、腫れ物に触るような、お客様という感じでした。2年目は、周囲の人がいろいろなところに連れて行っていただきコミュニケーションもとれるようになりました。自分の意見や意志を相手に出せるようになるには、引っ込み思案な私でも3年くらい掛かりましたね。」、笑いながら苦労話を語ってくれた。

海外で活躍するためにはコミュケーションが大事で、自分を出せるまでには慣れが必要だ。しかし個人差はあるが、解決できるという
香港での活動を話す、花坊さん


■花坊さんが教えてくれた海外進出・活動に必須なポイント
海外で活動するためには、どういったことに気をつければよいのだろうか。
まずはインターネット。世界進出には、やはり必須なようだ。
「98年当時は、メールアドレスは持っていたんですけど、ホームページとかは持っていなくて。東京ではまだ、ブックを持ってプレゼンする方が主流の時代だったので、仕事先にもブックを持っていったりしていたんですけど、ホームページの方がいいといわれる企業も多くて、急いでホームページを作りました。」

「今は1回にどれだけのファイルを送れるかが、一番問題になっていますね。GigaFile便が最近やっと出てきた、という感じですね。」
最近は、大容量化する写真データやファイルのやり取りが課題であるようだ。
「OVERSEAS 2012」の花坊さん

さらに、インターネット上でのやりとりにも課題はあるそうで、ネット環境だけあってもコミュニケーションをとるのは難しいとのことだ。
「海外では、作品のサンプルをつけても、全然違うものがプリントに出てきたりします。」

海外はオリジナルプリントの市場があるせいか、出版物のカラーマッチングに対する基準や製作過程が日本とは違うケースが多々あるそうだ。日本では当たり前のような入稿チェックや最終的なプリントについても、香港で見られる確率は50%くらいとのこと。花坊さんは、実際にプリントしたサンプル写真を必ず渡し、チェックしてもらうという。

また雑誌の編集の方に「テーマにあった写真を1枚ください」といわれて、サブの写真を含めて3枚あわせて渡すと、3枚とも印刷して出版されたこともあったという。まだ勝手に作品が使われることも多く、指摘すると「よかったね。よい作品だったからだよ。」という一言で済ませられるというケースもあったそうだ。

こうしたことから、海外、特に香港を含むアジア諸国では、「郷に入れば郷に従う」のおおらかな気持ちで、仕事に取り組むことが大事だという。
「OVERSEAS 2012」の様子


リコーフォトギャラリー「RING CUBE」

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