4月3日から、日銀の政策決定会合が行われている。アベノミクスの最大の特徴である「大胆な金融緩和」の具体策を決める重要な会議で、その内容と結果に全世界が注目している。

会議の結果と詳細については稿を改めたいが、今回は、2%の物価目標に向けた「大胆な金融緩和」の理論的背景について述べてみたい。

安倍首相は2月7日、衆議院予算委員会で、「デフレは貨幣現象であり、金融政策で変えられる」との認識を示した。これは、アベノミクスという政策の理論的背景を示す典型的発言である。

■デフレとは? 貨幣現象とは?
まず、デフレとは何か。簡単に言えば、物価が継続的に下がっていく経済状況のことであり、インフレの反対語である。物価の下落とは、逆から言えば、相対的に「貨幣の価値が上がること」だ。これは何を意味するか。

たとえば、「明日、今より物価が安くなる」と分かってれば、人びとは物を買わない。明日、2日後、3日後にはもっと安く買えるわけだから、購入はギリギリまで先延ばしされる。物が売れないことが分かっているので、企業も投資を控える。企業はお金を使って土地や機械に替えたり、あるいは雇用を増やすよりも、お金をそのまま持っていようとする。貨幣の価値が徐々に上がるわけだから、当然のことだ。こうなると、社会全体の経済活動はどんどん縮小する。これがデフレである。日本は、これが20年近く続いている。

では、デフレはなぜ起こるのか。安倍首相が述べた「貨幣現象」というのは、社会に流通している貨幣の総量が物価の水準を決定するという経済学説(貨幣数量説)に基づくものである。この説を有名にさせたのはミルトン・フリードマンで、彼は「インフレーションとはいついかなる場合も貨幣的現象である」と述べている。彼およびその信奉者は、この説ゆえに「マネタリスト」と呼ばれている。岩田・日銀副総裁も、広義にはこの一人である。

すなわち、社会に出回る貨幣が多いとインフレになり、少なければデフレになるという理屈だ。この説からは、必然的に、「貨幣の量を増やすことがデフレ脱却につながる」という結論が導きされる。黒田・日銀による「大胆な金融緩和」とは、まさにそのことである。

■貨幣数量説は少数派
だが、貨幣数量説を採る経済学者は、実は少数派である。フリードマンを評価する経済学者であっても、インフレやデフレにはもっと複合的な要因があると見る向きが多数で、純粋な貨幣現象とする人は少ない。

たとえば、吉川洋・東京大学大学院経教授は、「デフレーションーー日本の慢性病を解明する」(日本経済新聞出版社)で、デフレの原因を「イノベーションの欠如にある」とし、その元凶を、正規雇用から非正規雇用への流れなどによる賃金の下落にあるとしている。アベノミクスを賞賛しているクルーグマン・米プリンストン大学教授(ノーベル経済学賞受賞者)の見解も、実はこれに近い。

また、野口悠紀雄・一橋大学名誉教授は「金融緩和で日本は破綻する」(ダイヤモンド社)で、新興国の工業化がデフレの原因であるとしている。吉川氏と野口氏の立場は違いもあるが、国際的に見れば、国内の賃金低下であれ国際的な生産拠点の移動であれ、「低賃金を基礎とする製造=物価安」という点では同じである。こうした説に立てば、デフレ脱却のためには金融緩和だけでは不十分、ということになる。

本稿は、これらの理論のどれが正しいかを判定するものではない。ただ、インフレ、デフレを貨幣現象としてのみ考える理論は、やや単純にすぎるということだけ述べていきたい。

学会に支持者が少ないからではなかろうが、「貨幣現象」と述べた安倍首相も、約1か月後の3月11日には「さまざまな要因はあるけれども基本的には貨幣現象」と答弁を若干修正した。実際、安倍政権は、公共事業を拡大させた2012年度補正予算を通過させており、これは貨幣数量説だけでは説明できない。純粋な貨幣現象と考えているなら、対策はもっぱら中央銀行(日銀)の仕事であり、政府が財政支出を行う必要はないからである。

それでも、アベノミクスは貨幣数量説を背景としていることに変わりはない。「大胆な金融緩和」の中身にもよるが、アベノミクスは、貨幣数量説の当否を決する実験とも言えるのである。(編集部)

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