「隠れ里」とは、世を避けて隠れ忍ぶ里。民俗学によると、山に住む神々が祭りの時など里に現れ、踊りを舞いさっていく山間の避地のことをいう。そんな隠れ里をテーマにした写真展がある。

伊藤之一写真展「隠れ里へ the invisible scene」が、東京・銀座にあるリコーフォトギャラリーRING CUBEにて、2012年1月4日から1月15日まで開催中だ。

琵琶湖とそれを取り巻く地域を「隠れ里」と捉えた伊藤氏は、四季で変化する光と影により神々の存在をイメージできる世界観が漂う作品を作り上げている。

今回の展示作品は全点、リコーのデジタルカメラ「GXR」で撮影されたというところも大きな見どころだ。

■感動が写真家への決め手に
「写真家になるキッカケは2つあって、ひとつは森山大道さんの『光と影』を見て非常に感動したということ。もうひとつプロになろうと思ったのは、カネボウの化粧品のポスターにすごく感動して、その撮影者である山本暎一さんの指導を受けることができたことです。非常にラッキーでした。」と、伊藤氏は語る。

最初に写真家になるキッカケを語る、伊藤之一氏


■「GXR」との出会いが写真展に発展
「隠れ里へ the invisible scene」の開催は、懇意にしていた雑誌の編集者からRING CUBEのスタッフを紹介してもらったことで実現した。

RING CUBEのスタッフは、伊藤氏のビジュアル本「百人一首」をみて、以前から伊藤氏の作品に興味を持っていたという。また伊藤氏は今回の作品の撮影にGXRを使用していた。
作品づくりに使用した、リコーのデジタルカメラ「GXR」

「非常にスムーズに高画質の写真が撮れるのと、本体が軽いという利点があるので、これはどこまでも一緒に持ち歩いて行けるカメラだと思ったんです。」と、伊藤氏は「GXR」を評価する。

「当時、日本で一番大きな水たまりを撮りたいなと思い、琵琶湖のほうに行って撮影を始めました。行くにつれ、湖畔のまわりの神社や、アスファルトに覆われていない山道を歩いたほうが面白いかなと興味を惹かれ、山のほうへ山のほうへと行ったわけです。」

こうして撮影された作品をRING CUBEのスタッフに見せたところ、「写真展というかたちにしましょう」ということになり、更に撮影を続けて、今回の「隠れ里へ the invisible scene」が実現した。


■書籍にインスパイアーされた写真展のタイトル
「写真展のタイトルである『隠れ里へ the invisible scene』の『隠れ里』は、琵琶湖一体の風景、あるいは神々がいるような、いにしえから伝わっている風景、いわゆる真空地帯みたいなところです。かつて、白州正子さんが『かくれ里』という本を書かれているのですが、琵琶湖に行くということで、その本を拝読し、その本に書かれた場所に行ったんです。それで、インスパイアーされた本のタイトルを含めて、隠れ里を訪ねる旅というような位置づけで、このタイトルにしました。」
「the invisible scene」というのは、「神々の」「見えない」「感じるだけの」という光景であることから、そういう副題を付けている。
「隠れ里へ the invisible scene」の作品


■作品を再構成してひとつの作品へ
「隠れ里へ the invisible scene」は、作品の展示に方法についてもこだわっている。

会場が大まかに4つのブロックに分かれていることについて伊藤氏は、「第1章、第2章、第3章、第4章という風に考えて頂ければよいかと思います。各章の中央には、その章の核になっているキーメッセージともいうべき作品を置いて展示したつもりです。」と解説する。

各ブロックには、数枚の作品が設置されており、ブロック内の中央に展示されている作品が各ブロックのキーメッセージともいえる作品で、少し大きめのサイズになっている。
写真展の会場は、小さなブロックに分かれている

また、これらの作品を左から追っていくと、ひとつのストーリーになる。

たとえば、中央に氷の写真を展示しているブロックは、少し霧のかかったような場所に枝が何本も出ている作品から始まる。そして御神体の写真があり、次に御神体の木々の枝が迫ってきて、さらにその次の作品では木々の枝にあった水が葉に伝わり、最後に我々の生活している場所に繋がる。
この写真では、一番右の作品が「中央の氷の印象的な写真」にあたる

水の作品があり、その水が葉っぱに伝って、我々の生活している場所に伝わっている

ブロック構成について伊藤氏は、「どこからか何かの恵みがきて、それが手元に受け取られて、それが希望だったり幸せだったり、いろんなことをもたらしたりする部分があると思うんですけど、気持ちがプラスになる流れで作ったつもりです。」と解説する。

撮影時、ブロック構成は考えていなかったそうだが、作品を単体で楽しむだけでなく、ブロック構成で展示することで、ストーリーを想像できる演出にしたという。

この演出について
「今回、琵琶湖一帯を中心に撮影したといっているのですが、比叡山にも登り、竹生島に行ったりと、いろいろなところで撮影しているんですよね。全部が琵琶湖の中ではなくて、比叡山もあれば、竹生島もあり、もっと距離の離れた場所のものもあるんです。

僕の隠れ里というイメージを伝えるには、場所を越えて写真によって再構築することができるし、カメラはそういうものが可能なメディアであるので、それを試してみたわけです。ですから、リリースでは、『琵琶湖一体を中心に』と少しボカしていただいているわけです。」と、照れながら語ってくれた。


■深い森の中に神々を感じた瞬間
撮影時にもっとも印象に残った場所についてうかがってみた。
「森の中が昼なのに非常に暗かったことです。琵琶湖の湖畔から山のほうに登って行くと、もの凄く暗いという印象を受けます。こんなに明るい昼なのに、森の中はもの凄く暗くて深い。光りのところを触ると、凄く暖かいし、もの凄く癒される感じがしました。」

伊藤氏によると、撮影場所は暗い森の中がどこまでも続いており、そこらかしこに神々のような何か清らかなものを感じたという。都会よりも湿度があるぶん、湿気をより感じるのだそうだ。
「昔の人が、『森は暗くて怖い』というのを確かに感じます。そういう恐れがありましたね。あまりズカズカと入っていくと、怒られちゃいそうだなというのを感じましたね。」


■忘れていた感覚を呼び覚ました「GXR」
今回の写真展では、作品はすべてリコーのデジタルカメラ「GXR」で撮影しているが、作品をあえて1:1のサイズ(6×6フォーマット)にしたことについて、伊藤氏にうかがった。

「できるだけ、撮りたいものを画面の真ん中に添えたいという気持ちがあったからです。画面の真ん中に添えると、落ち着き過ぎるほどに落ち着いちゃうんですけれども、6×6が一番あっているのではないかということです。それと、僕はたまたま最初の作品を6×6で撮っていたのですが、デジタルなのにGXRは6×6にも対応していた。」

「GXR」については、
「改めて写真について考えさせてくれたりとか、感動したものを真ん中に添えて撮れるというか、今まで忘れ去られていたような感覚をもう一回、カメラによって取り戻せたような感触を受けました。」と、印象を語った。
「GXR」は、伊藤氏が生活の中で忘れていた感覚のようなものを呼び覚ましてくれたようだ。

今回の作品で使用した50mmのレンズについては、「非常にボケ味が綺麗なレンズなので、開放からシャープな描写をしつつ、ナチュラルなボケで非常にスムーズな立体感が出るので、そこが非常に気に入っているところです。」と評した。
リコーのデジタルカメラ「GXR」と50mmのレンズ

デジタル一眼レフではないが、プロが使っても満足のいく写真が撮れるデジタルカメラ、それがリコーの「GXR」という。
雪を撮影した作品。かなり引き伸ばしているが、驚くほどシャープに撮れている


■今後の作品と活動
今後は引き続き「隠れ里」をテーマとした作品を撮り続けていくそうだが、それ以外の活動についてもうかがった。

「Phase One 645DFで撮影をしているのですが、都市における乱反射をとらえた作品の制作を進めています。」
今後の作品と活動について語る、伊藤之一氏


最後に見に来られるかたへのメッセージをうかがったところ、伊藤氏は「カメラを持って歩くことによってできる発見ですよね。それは都会にもあるし、自然にもあるし、今回の
神々を感じる景色の中にもあると思うので、僕のカメラでもって発見したものに対して、共感してもらえると嬉しいですね。」と、こたえてくれた。

なお、2012年1月7日(土) 17:00からは伊藤之一氏によるトークショーが、18:00からはレセプションパーティーが開催される。

入場無料・申し込み不要なので、伊藤氏に直接話をうかがいたい人は、この機会を利用してみては如何だろうか。
※参加者多数の場合は、入場規制することもある


●伊藤之一氏のプロフィール
1966年 愛知県生まれ
1991年 日本大学芸術学部写真学科卒、(株)博報堂フォトクリエイテイブ(現在、博報堂プロダクト)を経て、2000年伊藤写真事務所設立。広告写真制作を主軸に自主制作の作品も発表を続けている。主な個展に、1997年静かにシャッターは落ちて(コニカプラザ)、2003年 SINSHOKU(コダックフォトサロン)、2003年 入り口(銀座ニコンサロン)、2005年ヘソ(WALL)、2009年雨がアスファルト(エプサイト)、2010年凸(WALL)がある。主な写真集に、「入り口」「テツオ」「電車カメラ」「雨が、アスファルト」(共にWALL)高岡一弥氏、高橋睦朗氏との共著本に「百人一首」(PIE BOOKS)がある。

●写真家からひとこと
アスファルトに覆われた道を後にし、少し横道にそれてみる。暫くするとそこには静かに時代に左右されず存在する、いわば真空地帯の様な所があり、古に繋がる光景に出会う。土の上を木々の中を水の際をひたすら僕は歩き続けた。自然の織りなす四季折々の情景を小さなカメラを携えて撮影する中で、自らの五感が研ぎすまされていくのに気づく。湿度を帯びた日本的心情を感じる隠れ里を歩きながら、自らの中に隠された自然に反応する本能が目覚め、懐かしき里のイメージが立ち上がる思いがした。
隠れ里を歩きながら、僕にとっては非日常であるこれらの光景が何故かとても懐かしく感じられたのである。


リコーフォトギャラリー「RING CUBE」

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