日銀の白川方明総裁が退任し、黒田新総裁が就任した。新体制が宣言した「大胆な金融緩和」を理解するためには、白川総裁下の5年間を理解することが欠かせない。

白川総裁下の日銀は、まさに激動の時代をくぐり抜けた。その正否が確定するのは、しばし先のことになるだろう。

白川氏が日銀総裁に就任したのは2008年4月。ときは福田・自公政権であったが、参議院を民主党など野党が過半数を占める「ねじれ国会」であった。

当初、白川氏は副総裁への就任が予定され、国会でも同意を得ていたが、総裁予定者であった武藤敏郎・日銀副総裁が財務省出身であったことから、「脱官僚依存」を掲げる民主党に認められなかったのである。それまで日銀総裁は、内部出身者と財務省出身者が交互に総裁を務めてきていたが、これが「日銀の独立性」の上から問題とされたのである。

白川氏は3月の副総裁就任と同時に総裁職務代行者に就任、4月に総裁に就任することになった。まさに、「激動の5年間」を象徴する就任劇であった。

■「非伝統的政策」に踏み切った日銀
白川氏就任以前、日本は長期のデフレ不況下にあった。2002年2月から07年10月までの「いざなぎ超え」と言われる長期好況を経験したものの、物価が下落するデフレは変わらず、「格差社会」が批判されるほどに、勤労者の所得は伸び悩んでいた。ここに、08年9月のリーマン・ショック、10年頃からの南欧諸国を中心とする国家債務(ソブリン)危機、11年3月の東日本大震災に、立て続けに襲われた。

この事態に際して日銀が行ったのが、「非伝統的政策」と呼ばれるものである。リーマン・ショック当時も、長期デフレの影響で、日本の政策金利は0.5%と、先進国でもっとも低かった。これをさらに「0~0.1%」に下げたが、これ以上には下げられない。そこで、金融機関から国債や社債、上場投資信託(ETF)などの資産を買い入れる枠を設定したのである。

10年10月にこの政策を発表した当時、枠の大きさは35兆円であった。だが、これは40兆円(11年3月)、50兆円(同8月)、55兆円(同10月)……と止めどなく拡大し、12年12月にはついに101兆円にも達している。101兆円のうち、長期国債の買い入れ枠だけで40兆円を超え、これは年間の国債発行額に匹敵するほどの規模だ。併せて、日銀は「成長分野」と見た企業への融資も始めている。

資産の買い入れとは、その分の紙幣を市場に出すことなので、一種のインフレ政策である。そこまでして「デフレ脱却」を図ったわけである。

■「学者の良心」に背き続けた白川氏
つまり、白川総裁時代の日銀は、安倍政権の言う「大胆な金融緩和」のようなものを、すでに行っていたのである。

では、なぜ安倍首相やそのブレーンは、日銀を批判しているのか。言い分はいろいろあるが、要は「兵力の逐次投入」との批判である。戦争にたとえれば、戦線が膠着状態のときに、一気にたくさんの兵力を投入すれば勝てるのに、少しずつ投入したので勝ちきれず、逆に疲れてしまう、というようなことだ。

これは半分正しく、半分間違いだ。確かに、米国がリーマン・ショック後に打ち出した緩和策は1.7兆ドルにも及び、国内総生産(GDP)の11%以上の規模(その後も緩和策を続けている)。対する日銀の35兆円はGDP比でこの半分強だから、市場に対するインパクトという点では、確かに「少ない」。

だが、日本は長期デフレ下にあったため、それ以前から長期の緩和的政策を行ってきたのも事実。日銀が、その効果を疑ったり、緩和の「副作用」としてのインフレを恐れて躊躇(ちゅうちょ)したとしても不思議ではない。何より、白川氏は学者として、ゼロ金利や量的緩和に批判的な立場であった。白川氏は自らの持論に反することを行わざるを得なかったわけで、心中、忸怩(じくじ)たるものがあろう。

白川氏は退任時の記者会見で、行ってきた政策について「自己評価を述べることは避けたい」とした。その理由として、「いわゆる『出口』から円滑に脱出できて始めて、全プロセスを通じた金融政策の評価が可能となる」と述べている。

現在、株価が上昇していること(むろんこれは良いことだ)を理由に、白川総裁時代の日銀を批判する向きが多い。だが、本来、日銀の金融政策目的は短期的な株価の上昇ではなく、インフレの防止である。景気回復(「出口」のこと)は日銀だけの責任ではなく、せいぜい言って、政府と日銀の共同作業である。日銀を批判する人は、歴代政府も批判しなければならない。

投資家としては、現在の株価上昇局面を利用しない手はない。だが、それでも冷静に見ておきたいのは、現状が「イコール全面的な景気回復ではない」ということである。

アベノミクスで見えてきた経済の明かり。そこには、「確かな明かり」もあれば「怪しい明かり」もある。それを見抜くことが、投資家の力量である。(編集部)

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