最近ネットで話題の渡邉美樹氏といえば、言わずと知れた居酒屋チェーン「和民」(わたみ)をはじめとするワタミグループの創業者である。同氏は自民党公認の比例代表候補として参院選に出馬したが、様々な事情から同氏への風当たりは凄まじいものがある。

そんなマイナス面ばかりが強調されてしまっている渡邉氏だが、少なくとも自民党公認の比例代表候補となるからには、社会貢献をしていたり、専門分野では優れた人物であったり、そもそも実業家としてかなりの成功を収めている段階で、プラスかマイナスかは別にして何らかの魅力ある人物であることは間違いないはずだ。そこで、渡邉氏はどんな人物であるのかをネットで調べてみたので、紹介しよう。

■少年時代に起業家を決意
Wikipediaによると、渡邉美樹氏は「神奈川県横浜市出身の実業家」と記載されている。ワタミ株式会社元取締役会長(非常勤、6月27日付で辞任)であったことはよく知られているが、学校法人郁文館夢学園理事長、岸和田盈進会病院理事長、一般社団法人ソーシャルビジネス・ドリームパートナーズ代表理事でもある。

ワタミ株式会社の創業者で、過去に同社代表取締役の他、教育再生会議(安倍内閣)委員、神奈川県教育委員会教育委員を務めた。様々な噂はさておき、業績的には優れた起業家として知られる渡邉氏だが、教育分野でもその手腕を発揮していたようだ。

そんな渡邉氏が起業家を決意したのは、少年時代までさかのぼる。

渡邉氏は少年時代、野球が好きなスポーツ少年だったという。同氏が小学5年生だったときに最愛の母と死別。さらに追い打ちをかけるように同氏の父親が営んでいた広告事業の会社が借金を抱えて倒産。子供のころからのそういった経験により、小学校の卒業アルバムには、「おとなになったら会社の社長になります」と書かれていたという。

中学時代、父は借金返済で奔走していたため、家に帰らない日々が続いたようだ。そのため、祖母と二人で寂しい毎日を送っていたという。暗い生活の割に非行に走らなかったのは「亡くなった母が自分をクリスチャンへと導いてくれたおかげだった」という。


■外食産業を決めた大学時代
渡邉氏は大学時代、下記の2つを目標に掲げた。

1.起業する業種
2.社長としてのスキルを身に付ける


まず起業する業種だが、日本一周旅行と北半球一周旅行によって、「外食産業は人々を幸せにする」と確信したことから、外食産業で事業を興すことを決めた。

次に社長としてのスキルだが「横浜会」という伝統ある県人会に入会して、マネージメント能力を身に付けることに成功。横浜会では、渡邉氏は59台目の幹事長になり、OBの人脈と学生を動員し1万人規模のコンサートを開催するのに成功したという。社長としてのスキルは、ほぼこの時期に身に付けたものだろう。


■38歳の若さで上場
大学卒業後は、会社経営に必要な経理の勉強をするために、ミロク経理という会社に入社する。同社に半年間勤めたのち、起業資金を貯めるために佐川急便の東京支社管内(当時)でセールスドライバーとして1年間勤務。起業のための資金300万円を1年間で稼ぐ。

1984年、有限会社渡美商事を設立。経営不振のつぼ八の店舗を買い取る形でフランチャイズ店のオーナーとなる。1987年に社名をワタミフードサービスと改称して独立。1996年に株式店頭登録、1998年に38歳の若さで、会社を東証二部市場に上場。2000年3月に東証一部上場を果たした。IT系業種ならまだしも、外食産業で東証一部上場まで16年という異例のスピードに驚く。

他業種への進出も目覚ましく2002年には農業、2005年に介護、2008年に高齢者向けの弁当宅配事業にそれぞれ参入した。「地球上で一番たくさんのありがとうを集めるグループになろう」という理念のもと、人が差別化となる労働集約型事業を展開し、独自の6次産業モデルを構築した。

教育における活動では、30億円という巨額の負債を抱える郁文館学園に1億円を投じ、同校の理事長に就任。金融機関に金利の減免を交渉するなど、同校の経営改革に取り組み、赤字経営からの脱却に成功させた。


■起業家から政治家の道へ
2009年、ワタミ社長を退任し、同社会長に就任。2011年2月15日には、ワタミの代表取締役会長を辞任し、非常勤の取締役最高顧問となった(のちに、非常勤取締役会長)。

2011年4月、民主党の支援を受け無所属で東京都知事選挙に出馬したが、落選。同年6月、岩手県陸前高田市の参与に就任した。2011年12月28日、同月20日に大阪維新の会の松井一郎知事及び橋下徹市長の要請を受け、大阪府及び大阪市の特別顧問に就任することが松井知事により発表された。

2013年1月31日、ムハマド・ユヌス氏の提唱する「ユヌス・ソーシャル・ビジネス」を支援する一般社団法人ソーシャルビジネス・ドリームパートナーズを設立。2013年6月3日、田沼正彦氏により参議院議員選挙公示前の選挙運動をTwitterにて暴露され現在に至る。

以上ざっくりとだが渡邉美樹氏の経歴を紹介した。今どき珍しい昭和の体育会系経営者といった側面がブラック企業というイメージと結びつき、メディアの注目を集めるのだろう。何かとマイナスイメージの強い渡邉氏だが、fbrank.main.jp 政治Facebookページ ランキングでは、自由民主党 幹事長 石破茂氏や、民主党 原口一博氏よりも上位の第11位と、なかなかの人気ぶりだ。

起業して会社を大きくしてきた実績だけは疑いようのない事実だ。確かに強引な方法も見られるが、それでも実力がなければ、起業の成功はなかっただろう。

Facebookページ ランキング「政治」- fbrank.main.jp

そんな渡邉氏であるが、夢を実現するために、夢に日付を入れているそうだ。いつまでにどんなことを達成するのかを明確にしておけば、今やらなければならないことが見えてくるという。現在の同氏の夢は政治家になることのようだが、彼を政治家として選ぶか否かは、我々有権者の判断にかかっている。

参考資料
渡邉(わたなべ)美樹 - Facebook
渡邉美樹 - Wikipedia
若者よ。もっと“欲”を持とう - ワタミ株式会社 代表取締役・CEO 渡邉美樹 - ニッポンの社長
渡邉美樹の夢年表

※本記事は同氏を政治的に応援する記事ではありません。